SNSで発信を始めて数ヶ月。正直に言うと、私はずっとフォロワー数に一喜一憂していました。朝起きて数字を確認して、増えていれば少しうれしく、減っていれば静かに落ち込む。発信の内容より、数字のことを考えている時間のほうが長かったかもしれません。そんな私ですが、最近マーケティングの考え方に触れる機会があり、数字との付き合い方がガラッと変わりました。結論から言うと、フォロワー数を追いかけるのをやめたら、発信が楽になりました。この記事では、フォロワー数に振り回されていた発信初心者の私が、何を考え直したのかを書きます。同じように数字に疲れている人のヒントになればうれしいです。
フォロワー数に一喜一憂していた頃
数字が増えない=失敗だと思っていた
発信を始めたばかりの頃の私にとって、フォロワー数は「成績表」でした。投稿しても増えない日が続くと、「向いていないのかな」と落ち込む。たまに数人増えると、「この方向で合ってるんだ」と安心する。
でも、冷静に振り返ると、この一喜一憂には根拠がありませんでした。フォロワーが3人増えた日の投稿が良い投稿だったのか、たまたまなのか、自分でも説明できない。説明できない数字に感情だけが揺さぶられる。これは、かなり消耗する状態でした。
その数字の先に何があるのか、考えていなかった
もっと根本的な問題もありました。私は「フォロワーが増えたら、その先どうなるのか」を考えていなかったのです。
フォロワーが100人になったら?1,000人になったら?——その人たちに何を届けたいのか、どこへ案内したいのか。何も決めていませんでした。つまり、ゴールのないマラソンを走りながら、通過タイムだけを気にしていたようなものです。数字はあくまで途中経過なのに、それ自体を目的にしてしまっていた。ここに気づいたことが、最初の転機でした。
他人と比べて、勝手に落ち込む
さらに厄介だったのが、他人との比較です。同じ時期に始めたはずのアカウントが数千人になっているのを見て落ち込み、「何が違うんだろう」と伸びている人の投稿を研究しては、また自分の数字を見て落ち込む。
今なら分かりますが、他人のアカウントは、ジャンルも、かけている時間も、その人の背景も、何もかも条件が違います。条件の違うものを数字だけで比べても、得られるのは学びではなく、ただのダメージです。比較するなら他人ではなく、先月の自分。頭では分かっていても、数字が目に入ると比べてしまう。だからこそ、数字との距離の取り方そのものを変える必要がありました。
フォロワー数は「目的」ではなく「通過点」
大事なのは、その先に進んでくれる一人
考え方を変えるきっかけになったのは、シンプルな問いでした。「その発信は、誰をどこへ案内したいのか?」
私の場合、答えは明確でした。X(旧ツイッター)の投稿を入り口に、ブログの記事を読んでもらい、「この人の試行錯誤、参考になるな」と思ってもらうこと。そう決めた瞬間、見るべき数字が変わりました。フォロワーの総数ではなく、「今日、ブログまで来てくれた人はいたか」。極端に言えば、フォロワーが増えなくても、たった一人がブログを読んで役に立ててくれたなら、その日の発信は成功です。数字の物差しを替えただけで、発信の意味がまるで変わりました。
100人のフォロワーより、1人の読者
この視点で見ると、「フォロワー100人」と「読者1人」は、比べるものではないと分かります。フォロワーは、極端に言えば通りすがりの人も含まれた数字です。一方、記事を最後まで読んでくれた一人は、確かに何かを受け取ってくれた人です。
発信を始めたばかりの時期は特に、この「確かな一人」を積み重ねる時期なのだと思います。派手さはありませんが、一人に届いた実感は、数字の増減よりずっと確かな手応えとして残ります。実際、自分の記事がたった数回でも読まれたことを解析画面で見たとき、フォロワーが数人増えたときよりも、はるかにうれしかったのです。
発信の前に「何を届ける人か」を決める
看板のない店に、人は立ち寄らない
もう一つ、考え直したことがあります。それは、「自分は何を届ける人なのか」を先に決める、ということです。
お店にたとえると分かりやすいのですが、何を売っているか分からない店に、人はわざわざ入りません。発信も同じで、「この人をフォローすると何が得られるのか」が見えないアカウントは、どれだけ投稿を頑張っても素通りされてしまいます。以前の私は、日々思ったことを雑多に発信していました。今思えば、看板のない店で、品揃えだけを増やしていたようなものです。
私の看板は「等身大の実験記録」
そこで私は、自分の看板を言葉にしてみました。「アラフォー・プログラミング未経験の会社員が、AIを使って暮らしと仕事を少しずつ変えていく実験記録」。これが私の届けるものです。
すごい実績も、専門知識もありません。でも、同じ目線でつまずきながら試している記録は、これから始める人にとって、専門家の解説より近くて役に立つことがある。そう信じることにしました。看板が決まると、発信に迷いがなくなります。「この投稿は、うちの店の棚に置くべき商品か?」と考えればいいだけになるからです。
売り込むのではなく、迷いに寄り添う
自分が「読者側」のときを思い出す
マーケティングというと「売り込む技術」を想像していましたが、学んでみて印象が変わった部分もあります。それは、人が最後の一歩を踏み出せない理由は、たいてい「不安」だという話でした。
自分が読者側のときを思い出すと、確かにそうです。何かを試そうか迷っているとき、背中を押してくれるのは、あおり文句ではなく「大丈夫、こうすればできますよ」という安心でした。逆に、ぐいぐい迫られると、かえって引いてしまう。押すのではなく、不安を小さくしてあげる。この視点は、商売に限らず、発信全般に通じる気がします。
ブログでも「迷いに答える」を意識する
だから私は、ブログでも「読者の迷いに答える」ことを意識するようになりました。たとえば、ツールの紹介なら「便利です」で終わらせず、「失敗したらどうなるのか」「無料でどこまでできるのか」という不安の側に答える。
手順の記事なら、「ここでつまずきやすい」「エラーが出ても慌てなくていい」を先回りして書く。読者が一歩踏み出すときの心細さを、少しでも軽くする記事にする。これは、かつて自分が「読者として欲しかったもの」そのものでもあります。売り込む技術より、寄り添う視点。発信初心者が最初に持つべきものは、こちらだと思います。
数を追わない代わりに、やることを決めた
小さくても「入り口から出口まで」をつなげる
フォロワー数を追うのをやめた代わりに、私がやると決めたことがあります。それは、小さくてもいいから「入り口から出口までの道」をつなげておくことです。
具体的には、Xのプロフィールにブログへのリンクを置く。投稿の中で関連する記事があれば、リプライで案内する。ブログの記事同士も、関連するものをリンクでつなぐ。派手な施策ではありませんが、せっかく興味を持ってくれた一人が迷子にならない道を作っておく。数を増やす前に、道を整える。順番としては、こちらが先だと今は思っています。
一人ひとりの反応に、ちゃんと返す
もう一つ決めたのは、反応をくれた一人ひとりに、できるだけ丁寧に返すことです。フォローしてくれた人、いいねやリプライをくれた人。数十人規模の今だからこそ、全員と接点を持てます。
これは数万人のフォロワーがいる人には物理的にできないことで、駆け出しの今だけの特権です。数字が小さいことを嘆くより、小さいからこそできることをやる。一人との丁寧なやりとりは、その人に届くだけでなく、やりとりを見ている周りの人にも「この人は誠実だ」と伝わります。急がば回れ、の道です。
数字との新しい付き合い方
見る数字を、自分で選ぶ
今の私は、フォロワー数を毎朝チェックする習慣をやめました。代わりに見ているのは、ブログに来てくれた人の数と、どの記事が読まれたか。週に一度だけ、ゆるく確認しています。
数字を見ること自体は悪くありません。問題は、意味を説明できない数字に感情を預けてしまうことです。自分の目的に合った数字を、自分で選んで見る。それ以外は視界から外す。この取捨選択をしてから、発信にまつわる焦りが目に見えて減りました。
焦りが減ると、続けられる
そして、焦りが減ったことの最大の効果は、「続けられるようになった」ことです。数字に一喜一憂していた頃は、増えない時期が続くと発信自体が嫌になっていました。今は、たった一人に届けば成功という基準なので、淡々と続けられます。
発信は、続けた人だけが結果にたどり着く世界です。だとすれば、続けやすい心の状態を作ることは、テクニックよりずっと大事な土台なのかもしれません。数字を手放したら、発信が続くようになった。逆説的ですが、これが数ヶ月発信してみた私の、いちばん正直な実感です。
まとめ
フォロワー数に振り回されていた私が考え直したことを、整理します。
- フォロワー数は目的ではなく通過点。その先に誰をどこへ案内したいかが本体
- 100人のフォロワーより、確かに届いた1人の読者を積み重ねる時期がある
- 発信の前に「自分は何を届ける人か」という看板を決める
- 押し売りではなく、読者の不安や迷いに寄り添う
- 見る数字は自分の目的に合わせて選ぶ。それ以外は視界から外す
- 焦りが減ると、続けられる。続けることが一番の戦略
もし今、数字に疲れているなら、一度だけ自問してみてください。「私は、誰をどこへ案内したいんだろう?」。その答えが見つかると、明日からの発信は、数字合わせの作業から、誰かへの届け物に変わります。私もまだ数十人のフォロワーの、駆け出しの発信者です。一緒に、一人ずつ届けていきましょう。

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